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千葉地方裁判所佐倉支部 平成8年(モ)501号 決定

債権者

東拓工業株式会社

右代表者代表取締役

大松誠一

右代理人弁護士

赤松悌介

井出正光

小山智弘

野々山哲郎

債務者

カナフレックスインダストリー東日本株式会社

(旧商号 東京プラスチック工業株式会社)

右代表者代表取締役

金尾茂樹

右代理人弁護士

牛田利治

白波瀬文夫

岩谷敏昭

藤原弘朗

主文

一  債権者と債務者間の千葉地方裁判所佐倉支部平成七年ヨ第五五号仮処分命令申立事件について、当裁判所が平成七年九月一二日にした仮処分決定を認可する。

二  訴訟費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

一  債権者

主文同旨

二  債務者

1  主文一項記載の仮処分決定(以下「本件仮処分決定」という。)を取り消す。

2  債権者の本件仮処分命令の申立てを却下する。

3  訴訟費用は債権者の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、債権者が、継続的供給契約関係を争う債務者に対し、右契約に基づく供給請求権がある旨主張して、製品の供給を受けられるべき契約上の地位を定め、一年間製品の供給を命ずる旨の仮処分命令を申立て、当裁判所がこれを認容する決定をしたところ、債務者が、保全異議を申立て、右決定の取消しなどを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  債権者は、クリーナーや洗濯機等に使用するホースなどのプラスチック製部品等(以下「本件製品」という)を製造販売する会社であり、債務者は同種業務を営む会社である。

2  債権者は、前代表取締役であった亡金尾史朗(以下「史朗」という。)及びその一族が昭和二七年五月に全額を出資して設立した会社であり、債務者も史朗及びその一族が昭和五一年一〇月に全額を出資して設立した会社である。

債務者は、設立当初からその製造する本件製品を一〇〇パーセント債権者に納入し、債権者は、これを別紙「東拓工業主要取引先一〇八社(平成六年度実績)」記載の販売代理店及び直接需要家を含む取引先に対し販売してきた。

債務者以外に、その製造する本件製品を一〇〇パーセント債権者に納入している関連会社として、昭和四〇年九月にフレックス工業株式会社(広島県東広島市)、昭和四一年七月にプラスチック工業株式会社(滋賀県八日市市)、昭和五四年一月に愛東プラスチック工業株式会社(滋賀県愛東町)が設立され、債権者の代表取締役であった史朗が、債務者を含む右四社(以下「関連四社」という。)すべての代表取締役を兼任していた。

3  史朗は、平成七年五月一四日死亡したところ、同人の長男である金尾茂樹(以下「茂樹」という。)は、同月一七日関連四社の代表取締役に就任するとともに、同月二二日債権者の常務取締役を辞任し、同月二六日債権者の代表取締役に大松誠一(以下「大松」という。)が選任された。

4  債権者は、当裁判所に対し、平成七年七月二八日、争いがある継続的供給契約関係及び右契約に基づく供給請求権を被保全権利とし、債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるために必要であるとして、仮処分の申立てをし(同年九月四日申立ての趣旨の訂正がなされた。(以下「本件仮処分の申立て」という。))、債務者が立ち会うことができる審尋期日が開かれた。

5  債務者は、債権者に対し、平成七年八月二二日交付した同日付け準備書面をもって、平成七年九月末日まで製品を供給し、その後は供給を停止する旨の意思表示(以下「本件解約の申入れ」という。)をし、平成七年八月二四日到達した内容証明郵便で、本書面到達後七日以内に、債務者の債権者に対する売掛金のうち、平成七年五月一五日締切分四〇九七万四四八八円、平成七年六月一五日締切分五四四七万〇六〇三円、平成七年七月一五日締切分五五一〇万七七一一円(合計一億五〇五五万二八〇二円)を支払うよう催告(以下「本件催告」という。)し、平成七年九月一日ころ到達した内容証明郵便で、同日までに納品の済んでいる取引を除き、債権者との取引契約の一切を解除する旨の意思表示(以下「本件解除の意思表示」という。)をし、同月四日本件製品の供給を停止した。

6  当裁判所は、本件仮処分の申立てを相当と認め、平成七年九月八日に金四億円の担保決定をした上、同月一二日、次のとおりの仮処分決定(本件仮処分決定)をした(なお、決定主文一項が申立ての趣旨一項に、決定主文二項が申立ての趣旨二項に対応する。)。

一  債権者が債務者に対し、別紙「供給必要期間及び数量」記載の大品種名の製品につき、同記載の価格・支払条件により、債権者が、製品コード番号、品名・長さ・本数・個数等を明示して債務者に注文をした場合債務者が納品することにより、供給を受けられるべき継続的供給契約上の地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成七年九月一二日から一年間、別紙「供給必要期間及び数量」記載の数量の限度において、債権者から同記載の大品種名の製品につき前項の注文を受けたときは、その製品を供給せよ。

7 債務者は、平成八年一月八日、条件付権利関係については仮の地位を定める仮処分は許されない、従来の取引関係と乖離した取引を強制することは許されない旨主張するとともに、契約解除(代金債務不履行)・同時履行の抗弁権による被保全権利の不存在、自社生産体制の整備による保全の必要性の不存在を主張して、本件異議を申し立て、本件仮処分決定の取消しなどを求めた。

債権者は、これに対し、主文同旨の裁判を求めた。

二  争点

1  本件仮処分の申立ての許容性

【債務者の主張】

申立ての趣旨一項(地位保全の仮処分)については、各製品の仕様、価格、納入時期、納入場所等が明示されないと、保全すべき契約上の地位が不特定であり、また、債務者には従来の二倍の生産能力はなく、さりとて、債権者だけとの取引を継続しても、一年後には打切られ、債務者の経営が破綻することを考慮すると、債務者が仮処分の内容を任意に遵守する可能性がないから、許されない。

次に、申立ての趣旨二項(製品の供給を求める仮処分)については、注文がない時点では、具体的・個別的な契約が成立しておらず、条件付権利関係にすぎないから、仮の地位を定める仮処分である右仮処分は許されない。また、将来の注文により、債務者の個別の意思表示を求めることなく、供給を求めるものであるが、買主に信用不安等の事情がある場合には、その注文に対して承諾を拒絶することを許さなければ、衡平の見地から問題であるので、右仮処分は許されない。

2  継続的供給契約の存否

【債権者の主張】

債権者と債務者間の本件製品についての取引契約は、関連四社設立の経緯、関連四社からの長期間に及ぶ継続的な製品供給の事実、関連四社の売上の推移、関連四社からの製品供給が債権者の経営の基盤をなしていること、発受注・納品などの取引形態等によれば、期間の定めのない継続的供給契約であって、債務者には債権者の注文に応じなければならない義務(承諾義務)があり、しかも、その承諾の意思表示は全く形骸化しているものである。

3  代金債務不履行による解除の効力の有無

【債務者の主張】

債権者と債務者間の本件製品の取引には下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」という。)が適用される。そして、債権者主張の一括支払方式の契約は無効であるので、右取引の代金については、下請法二条の二第二項により、製品を納入した日、遅くとも製品納入日から起算して六〇日を経過した日の前日が、支払期日と定められたものとみなされるから、毎月一五日締切のように一か月締切制度をとった場合は、遅くとも締切日から三〇日以内に弁済しなければならないことになる。そうすると、平成七年八月二三日の時点において、債権者が債務者に対して負担していた下請代金のうち、平成七年五月一五日締切分四〇九七万四四八八円の弁済期は遅くとも同年六月一五日、平成七年六月一五日締切分五四四七万〇六〇三円の弁済期は遅くとも同年七月一五日、平成七年七月一五日締切分五五一〇万七七一一円の弁済期は遅くとも同年八月一五日であるから、右合計一億五〇五五万二八〇二円の下請代金について弁済期が到来しており、債権者は履行遅滞に陥っていた。そこで、債務者は、債権者に対し、本件催告をした上、本件解除の意思表示をしたので、債権者と債務者間の継続的供給契約は終了し、債権者は被保全権利を有しないものである。

4  同時履行の抗弁権

【債務者の主張】

継続的供給契約においては、前期の給付がなかったことを理由として、今期又は次期の給付を拒むことができるところ、債権者は、右3のとおり、支払義務の履行を遅滞しているので、その支払があるまで、債務者は、債権者に対する製品の給付を拒絶することができるから、債権者は被保全権利を有しないものである。

5  下請法適用の有無と一括支払方式の契約の成否(前記3、4の債務者の主張に対し)

【債権者の主張】

債権者と債務者間の本件製品についての継続的供給契約には下請法の適用はない。仮に適用があるとしても、一括決済方式により下請代金を支払う場合の下請法二条の二に規定する下請代金の「支払期日」は、下請事業者が金融機関から下請代金の額に相当する金銭の貸付け又は支払を受けることができることとする期間の始期とする(したがって、この期間の始期は、親事業者が下請事業者の給付を受領した日から起算して、六〇日の期間内において、定められなければならない。)とされているが、債権者と債務者間の取引代金の決済については、債権者、債務者及び株式会社大阪銀行との間で、債権者が債務者からの納入を締切った月の末日から一〇〇日後に現金を支払うという債権者の支払予定額を担保として、債務者は大阪銀行の当座貸越を利用できる一括支払方式(下請法上の一括決済方式と同じ)をとることを契約しているところ、債権者と債務者間の取引においては、納入締切が毎月一五日で、右の一〇〇日の始期が約一五日後の毎月末日である(つまり、毎月末日から直ちに代金相当額を受領できる。)から、下請法二条の二第一項に違反していない。したがって、債務者主張の履行遅滞はない。

6  一括支払方式の契約は商法二六五条所定の取引に当たるか。

【債務者の主張】

一括支払方式の契約当時、債権者と債務者の代表取締役はともに史朗であったから、右契約は、商法二六五条所定の取引に該当し、取締役会の承認を要するところ、その承諾を得ていないから、無効である。

一括支払方式の契約により債務者には次の不利益があるから、右契約は商法二六五条所定の取引である。即ち、第一に、下請代金は、製品と引き換えに支払を受けるのが原則であるところ、一括支払方式はそうではない。第二に、銀行から当座貸越を受けなければならないことによる、銀行に対する金利負担がある。第三に、金融機関の選択の幅が狭くなる。第四に、手形による支払が廃止されることにより、回し手形が使えなくなる。第五に、金融機関から借入金と相殺されるおそれがある。

【債権者の主張】

一括支払方式の契約は、債務者については、代表取締役の史朗ではなく、代理人の取締役工場長が締結しているから、商法二六五条の適用はない。また、右契約は、基本となる取引から必然的に生ずる買掛金の支払に関する取り決めに過ぎず、独立の取引でないから、同条所定の取引には該当しない。更に、一括支払方式の契約は、親事業者(債権者)、下請事業者(債務者)双方にとってなんら不利益をもたらすものではないから、同条所定の取引に該当しない。すなわち、一括決済方式は、手形に代る支払手段として考案され、手形による支払と実質的に同様の機能を果たすものであって、定型化されていて、内容的にも下請事業者が手形による支払を受ける場合と比較して実質的に不利益を受けないように配慮されているものであるところ、債権者、債務者及び大阪銀行間の一括支払方式の契約は、それに沿う内容のものである。

7  解除は信義則違反ないし権利の濫用に当たるか(前記3の債務者の主張に対し)。

【債権者の主張】

債権者と債務者は、昭和六一年以来、一括支払方式を採用した上、毎月一五日締切り、一定部分は当月末日現金支払い、残額は当月末日起算一〇〇日後現金支払い、という決済をしてきており、右決済方法は、長年にわたる合意による取引慣行である。しかるに、一括支払方式の契約は商法二六五条に違反し無効であるとした本件解除の意思表示は、右取引慣行を無視したもので、信義則に反し権利の濫用であって無効である。

8  予告期間をもうけた継続的供給契約の解除(告知)は有効か。

【債務者の主張】

期間の定めのない継続的供給契約については、相当の予告期間をもうければ、これを解約することが許されるところ、債務者は、平成七年五月に「いつまで製品を供給すればよいか。」との質問をした上、本件解約の申入れをした。右質問は予告の性質を有するところ、債務者が債権者に対し供給を停止する時期である平成七年九月末日までは、右質問の時期から四か月強の予告期間が全製品について設けられたこと、債権者は、本件製品のうち、一部については、自社生産設備を有しているので債務者から供給を受ける必要がないし、その余の部分についても、右予告期間中に自社生産体制の確立及び他社からの調達で必要な製品を確保できることなどを考慮すると、右予告期間は相当な期間である。したがって、右解約は有効であり、予告期間経過後は、被保全権利を欠くものである。

9  保全の必要性

【債権者の主張】

関連四社からの製品の供給が停止されると、関連四社は債権者の売上高の約八五パーセントを供給しているのであるから、債権者の営業は停止し、長年にわたり開拓した顧客を一瞬にして喪失するとともに、債権者の失う売上総利益は、別紙「損害額」のとおり、関連四社の関係で約四六億円(債務者の関係だけでも約一一億円)に達し、債権者の被る損害は甚大なものとなる。また、債務者は、債権者の取引先等に対し、供給停止を表明し直接購入を働きかけて、債権者の信用を毀損し営業を妨害するため、顧客を失いつつあり、これを避けるためには、地位保全の仮処分が特に必要である。ところで、平成七年二月期(平成六年三月から平成七年二月まで)の関連四社から債権者に対する供給実績は、別紙「供給目録」記載のとおりであるが、本件製品の各品種を生産する生産ラインについて、関連四社は四〇種類一八六ラインを有しているのに対し、債権者は一二種類二五ラインを有しているに過ぎず、他社からの製品の調達も困難であるところ、債権者は、自社の既存工場の生産規模を拡大したり、新しい工場用地の取得に努めるなどしているが、右供給実績を賄う自社の生産体制が調うには、仮処分決定時から少なくとも一年の期間を要する。

仮処分決定後に生じた事情は保全異議の審理においては主張できない。仮に、そうでないとしても、債権者は、次第に生産体制を調えてきたが、平成七年九月四日の供給停止以前(債権者の自社工場と関連四社の工場がフル稼働していた時点)に比すれば、生産量においても生産ライン数においても、なおかなりの差があり、右時点と同じ需要があれば、容易に供給を全うしえない状況であり、債務者から継続的供給を受ける必要性は依然として強いものがある。

【債務者の主張】

申立ての趣旨一、二項は、債権者にのみ有利であり、債務者にとっては危機を招くものであり、債務者に与える打撃が極めて大きく、その発令は相当でない。また、申立ての趣旨一項については、債務者には任意に履行する意思がないから、保全の必要性を欠くものである。

債権者と債務者間の従来の取引関係は、顧客から債権者に対して注文がされた場合に、債権者から債務者に対し、製品の納入先を顧客とする注文が行われ、右注文に基づき、債務者から顧客に製品を直送していたものである(以下、顧客から注文を受け、債務者に対し納品先を顧客と指定してする、債権者の注文を「実需による注文」といい、顧客から注文がないのに、債務者に対してする、債権者の注文を「仮需による注文」という。)ところ、申立ての趣旨一、二項は仮需による注文をも容認するものであり、これは、従来からの債権者と債務者間の取引関係と乖離した取引を債務者に強制するものであって、保全の必要性を欠くものである。

債権者は、平成七年九月末日までに、自社生産体制の確立及び他社からの調達で、必要な製品を確保できるから、それ以降は保全の必要性を欠くものである。

債権者は、本件仮処分決定後、新工場(泉南工場)を建設し、多数の製造部員を雇用し、新工場は稼働しているので、現在、債務者から本件製品の供給を受ける必要は乏しいから、保全の必要性がない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  申立ての趣旨一項について

債務者は、保全すべき契約上の地位が不特定である旨主張するが、権利関係は特定しており、債務者の右主張は理由がない。

また、債務者は、地位保全の仮処分は債務者が仮処分の内容を任意に遵守する可能性がなければ許されない旨主張するが、地位保全の仮処分も被保全権利及び保全の必要性がある限り許されると解するのが相当であり、債務者の右主張は理由がない。

2  申立ての趣旨二項について

債務者は、仮の地位を定める仮処分においては停止条件付権利は被保全権利たりえない旨主張する。しかし、法律上、保全すべき権利又は権利関係は条件付であってもよいとされていること(民事保全法二三条三項、二〇条二項)、本件においては、基本的契約である継続的供給契約が現存していて、債権者に注文義務、債務者に承諾義務があり、承諾の意思表示も形骸化している(後記二2のとおり)ところ、債務者が債権者の注文に応じないのは明らかである(前記争いのない事実欄5の事実)から、債権者の損害・危険は現在のものといえること、後記二1エ、オのとおり、債権者の債務者に対する注文件数は極めて多数である上、従来は注文後速やかに納品されていたから、注文後でなければ仮処分を求めることができないとすると、債権者の救済は事実上不可能となることなどに照らし、債務者の主張は理由がない。

また、債務者は、将来の注文に係る製品について供給を求める仮処分は、債権者に信用不安等の事情が生ずる場合もあるから、衡平の見地から許されない旨主張するが、発令後、事情が変更し、被保全権利又は保全の必要性が消滅したときは、債務者において保全命令の取消しの申立て(民事保全法三八条)をすれば足りることであって、右主張は理由がない。

二  争点2(継続的供給契約の存否)について

1  疎甲三、四、一七、二〇、乙一(枝番のあるものは枝番を含む。)及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

ア 関連四社(従業員数は、債務者が約六五名、フレックス工業が約五七名、プラスチック工業が約七七名、愛東プラスチック工業が約四八名)は、債権者(従業員数約二五〇名)の製造部門を独立させた別法人であるが、その設立の最初は、フレックス工業の前身である有限会社寝屋川化成工業所(昭和四〇年八月設立)である。その設立の背景は、昭和四〇年当時の債権者の労使紛争の解決策であった。即ち、当時、債権者の労使関係は、賃金のベースアップ、ボーナスの支給等についての団体交渉がいつも難航し、労働組合のストライキにより生産及び出荷機能が停止する状態であり、その経営基盤を揺るがしかねない重大要因をはらんでいたので、これを解決するために、債権者に代って製造を代行する関連子会社として有限会社寝屋川化成工業所が設立され、これがフレックス工業となった。その後、販売力の成長に伴って、全国各地に製造工場を建設するにあたり、前記争いのない事実欄2の時期に関連四社が設立された。これら別会社による製品製造策は、労務対策のみならず、地方工場での製造によるコストの低減で収益向上に寄与した他、生産力強化にも効果があった。

イ 関連四社が製造した全製品は、その設立当初から前記争いのない事実欄5の供給停止に至るまでの間、債権者に継続的に供給されていた。近年における債権者の販売総額に占める割合は、債権者の自社工場(高槻工場、静岡工場)での生産量が約一五パーセントであり、関連四社からの供給量が約八五パーセントである。

関連四社から本件製品の供給を受けることは債権者の経営の基盤をなしていた。

ウ 債権者に対するフレックス工業の昭和四六年四月から平成七年二月までの各年の製品供給高を金額で表示すると、別紙「仕入れ合計表A」の仕入欄のとおりであり、プラスチック工業の昭和四五年四月から平成七年二月までの各年の製品供給高を金額で表示すると、別紙「仕入れ合計表B」の仕入欄のとおりであり、愛東プラスチック工業の昭和五四年二月から平成七年二月までの各年の製品供給高を金額で表示すると、別紙「仕入れ合計表C」の仕入欄のとおりであり、債務者の昭和五二年二月から平成七年二月までの各年の製品供給高を金額で表示すると、別紙「仕入れ合計表D」の仕入欄のとおりである。

関連四社の平成七年二月期(平成六年三月から平成七年二月まで)の製品供給高を重量で表示すると、別紙「供給目録」のとおりである。

エ 債権者の取引先から債権者に対する受注及び債権者から関連四社に対する発注の流れは、別紙「受発注の流れ」のとおりであり、債権者から関連四社に対する出荷依頼が発注となり、関連四社から各取引先に対する出荷をもって、債権者の関連四社からの仕入れとされてきており、債権者からの発注に際し、関連四社が債権者に対し一々承諾をするということはなかった。債権者と関連四社間の取引形態の特徴は、債権者が取引先から受注した場合に、その都度、債権者が作成した受注書を関連四社にファックス送信することで出荷を依頼し、関連四社が債権者の取引先(ユーザー)宛に出荷するときに債権者の仕入れと販売が計上されること、ユーザーが債権者に送付すべき受注書を関連四社に直送し、関連四社から債権者に対し、受注を連絡してくることもあること、右の仕分けを債権者の情報処理センターのコンピューターで管理していること等である。そして、関連四社の製品については、関連四社の製造する全製品を債権者が購入するという関係にあり、右のような取引形態であるため、債権者は、関連四社の在庫を債権者自身の在庫と考えており、在庫を有していなかった。

債権者から関連四社への出荷依頼(発注)は、取引先から受注の都度行うため、頻度は高く、その伝票枚数・件数は、松下電気産業株式会社を除いても、別紙「九四年度発注伝票枚数及び発注件数」のとおりで、極めて多数である。

オ 本件製品は、多品種少量の生産であるが、製品ごとに予め細かく規格・仕様・単価が定められており、債権者が関連四社に製品名・数量・納入時期・納入場所を指示した出荷依頼をすれば、個々の取引がおのずと成立する。すなわち、債権者と関連四社間では、注文から出荷、代金の支払に至るまでの過程で、同種・同仕様の製品が長年月にわたって大量かつ継続的に反復して関連四社から債権者に対して供給されてきており、債権者からの出荷依頼があれば、特段の事情がない限り、速やかに出荷と代金支払がされてきた。このように、債権者と関連四社間においては、製品の種類・数量・価格・納入時期などについて注文の内容が極めて特定しやすいか、既に特定されているのと等しい状態に常時置かれており、取引が定型化している。

価格については、製品名と太さで規格が定まり、長さや本数で価格が決まるので、個別契約での明示の合意は不要である。単価表は、債権者と関連四社間で合意の上作成されるが、材料費や販売環境が大きく変動したときにのみ見直しを行うという方式をとっており、債権者と債務者間の最近の単価表は、平成七年二月二一日に合意された。

カ 債権者の会社案内には、債権者の関連会社として関連四社が紹介されており、一九九五年版の工業用品ゴム樹脂ハンドブックには、債権者の関連会社として関連四社が記載されている。

債権者の常務取締役熊谷雅洋と関連四社の取締役工場長或いは工場長代理との間で、「東拓工業株式会社○○工場」との印を、関連四社が、債権者の製品品質基準に基づき債権者の名において行う電設・土木製品の製品試験成績書の発行に限定してではあるが、それぞれ使用するについての覚書が締結されている。すなわち、昭和六二年一〇月二八日に、債務者との間で「東拓工業株式会社東京工場」という角印の使用について、プラスチック工業との間で、「東拓工業株式会社八日市工場」及び「東拓工業株式会社北海道工場」という角印の使用について、愛東プラスチック工業との間で「東拓工業株式会社愛東工場」という角印の使用について、フレックス工業との間で「東拓工業株式会社広島工場」という角印の使用について、昭和六三年六月八日にフレックス工業との間で「東拓工業株式会社佐賀工場」という角印の使用について、平成元年八月一日に債務者との間で「東拓工業株式会社仙台工場」という角印の使用について、それぞれ覚書が締結されている。

キ 債権者と関連四社間には本件製品を関連四社から債権者に対し継続的に供給すること等を内容とする契約書の類は存在しない。

2  前記争いのない事実欄1、2の事実、右1で認定した事実、特に、関連四社の設立の経緯、関連四社の債権者に対する本件製品の供給の状況(債権者の発注にかかる関連四社製造の全製品が債権者に対し、長期間にわたり、継続的に供給されてきたこと)、関連四社からの供給高(債権者の総販売額の八割を超え、取引が債権者の経営の基盤をなしていて、取引が解消されると重大深刻な経営的打撃を受けること)、債権者と関連四社間の個々の取引の形態(債権者の注文に対し関連四社が一々は承諾しないこと、取引が定型化していること、関連四社が債権者の専属工場化していること)等によれば、債権者と債務者を含む関連四社間には、関連四社がそれぞれ設立された時点において、債権者との間において、関連四社が、債権者から注文された本件製品を製造した上、債権者との間で合意した一定の価格で、継続して債権者に供給することを内容とする契約(いわゆる継続的供給契約)が期間の定めなく締結されたものであり、特別な事情のない限り、関連四社は、債権者の注文に応じ、個々の契約を締結して、債権者に対し、注文にかかる製品を供給すべき義務を負っている(反面、債権者も、債務者に注文し、債務者から供給を受けるべき義務を負っている)こと、関連四社の承諾の意思表示は形骸化していることが認められる。

三  争点3(代金債務不履行による解除の効力の有無)、5(下請法適用の有無と一括支払方式の契約の成否)、6(右契約は商法二六五条所定の取引に当たるか)について

1  債務者が、債権者に対し、本件催告をした上、本件解除の意思表示をしたことは、前記争いのない事実欄5のとおりである。

2  前記争いのない事実欄1の事実、前記二1の事実のとおり、債権者(事業者)が業として行う販売の目的物たる物品である本件製品の製造を債務者(他の事業者)に委託しているのであるから、下請法二条一項にいう「製造委託」に該当し、債権者の資本金は二億七〇〇〇万円で一億円を超えており(疎甲一)、債務者の資本金は四五〇〇万円で一億円以下である(疎甲二)から、債権者は同条三項一号にいう「親事業者」、債務者は同条四項一号にいう「下請事業者」に該当し、債権者が債務者に対し支払うべき代金は、同条六項にいう「下請代金」に該当する。

したがって、債権者と債務者間の継続的供給契約に基づく取引は、下請法の適用を受けるというべきである。

3ア  下請代金の支払期日は、親事業者が下請事業者の給付を受領した日から起算して、六〇日の期間内において、定められなければならない(下請法二条の二第一項)が、公正取引委員会は、一括決済方式(親事業者、下請事業者及び金融機関の間の約定に基づき、下請事業者が下請代金の全部又は一部に相当する下請代金債権を担保とし又は譲渡して金融機関から当該下請代金に相当する金銭の貸付け又は支払を受けることができることとし、親事業者が当該下請代金債権の額に相当する金銭を当該金融機関に支払うこととする方式)が下請代金の支払手段として用いられる場合に関し、別紙「一括支払方式が下請代金の支払手段として用いられる場合の下請代金支払遅延等防止法及び独占禁止法の運用について(昭和六〇年一二月二五日公正取引委員会事務局長通達第一三号)」を発して、下請代金の支払期日について、記1のとおり、運用方針を明らかにし、下請事業者の利益を保護する観点から、「一括支払方式が下請代金の支払手段として用いられる場合の指導方針について(昭和六〇年一二月二五日公正取引委員会事務局取引部長通知)」を発して、支払期日について記6のとおり、決済期間について記7のとおり、指導方針を明らかにした(疎甲二四の1、審尋の全趣旨)。

イ 一括決済方式(債権譲渡担保方式とファクタリング方式がある。)は、手形の発行、受取にかかる業務量が親事業者、下請事業者の双方にとって大きな負担となってきたこと、都市銀行側が大企業に対する下請代金債権という優良債権を取得することにより取引先の多角化を図ろうとしたこと、コンピューターの普及・発達という技術的な要因等が背景となって、導入されたものであるが、手形に代る支払手段として考案され、手形による支払と実質的に同様の機能を果すものである。手形の場合、手形受取日以降、下請事業者は割引料を負担して手形を割引くことにより現金を入手することができ、親事業者が、手形の満期に手形債務を履行することにより下請代金の支払についての決済が完了するが、債権譲渡担保方式の場合、親事業者、下請事業者及び金融機関の間の三者契約により下請代金債権を担保として金融機関から貸付けを受けることができることとされる日、すなわち、親事業者が下請代金債権の担保差し入れを承諾する日以降、下請事業者は利息又は割引料を負担して金融機関から貸付けを受けることにより現金を入手することができ、そして、親事業者が、下請代金債権の決済日に下請代金債権相当額を金融機関に支払うことにより下請代金の支払についての決済が完了する。下請事業者は下請代金債権を担保として銀行から当座貸越貸付を受けるが、この借入金は銀行が担保とされた下請代金債権を取り立て、その取立代わり金と清算するので、下請事業者は、事実上、返済の義務はなく、借入れという形はとるが、実体上は手形割引による金銭の受取りと実質的に同じである。

一括決済方式については、メリットとして、親事業者には、手形発行及び交付事務の軽減、手形の流通に伴う事故の防止、手形作成に要する費用の節約等があり、下請事業者には、手形受領時の業務量の省力化(領収書作成費用等の節約)、手形紛失・盗難等によるリスクの軽減、下請代金の一部のみの資金化が可能となることなどが挙げられており、一方、そのシステム又は運用方法いかんによっては、デメリットとして、下請事業者の取引先金融機関の選択の幅が狭められるおそれがある、手形による支払が全廃され一括決済方式に移行すると、回し手形が使えなくなる、下請代金を金融機関に対する借入金等と相殺されたり、預金として拘束されたりして、全額が支払われないおそれがあるなどが指摘されている。

(以上の事実につき、疎甲二四の2、審尋の全趣旨)

4ア  疎甲一九、二〇、二二、二五、二六、二八(枝番のあるものは枝番を含む。)によれば、次の事実が一応認められる。

債権者、債務者及び株式会社大阪銀行間の一括支払方式の契約(以下「本件一括支払方式の契約」という。)は、いずれも昭和六一年一一月二九日付けで、債権者の代表取締役史朗と債務者の代理人(取締役工場長)杉原忠雄との間の大阪銀行宛の「一括支払システムに関する契約書(代金債権担保契約書)」、債権者と大阪銀行梅田支店との間の「一括支払システム協定書」及び「覚書」並びに債権者の大阪銀行宛の「一括支払いシステムに関する覚書」によりなされている。要するに、債権者と債務者間の取引代金の決済については、債権者、債務者及び大阪銀行との間で、債務者が、債権者に対する代金債権を担保として、大阪銀行から当座貸越の方法により、借入れを行うことができ、債権者が、その代金債権の額に相当する金銭を大阪銀行に支払うこと(下請法上の一括決済方式のうち債権譲渡担保方式と同じ。)を合意している。本件一括支払方式の契約においては、契約期間は一年で、いずれかによる契約を終了させる意思表示のない限り、自動更新されることになっているが、債務者が、契約を解約し、手形による支払への変更を希望するときは、三か月前までに申し出れば、手形による支払を受けることができる、債務者が当座貸越を利用できないときは、債権者が下請法に定める基準によって支払を行うなどと定められており、右内容は、前記3アの公正取引委員会事務局取引部長通知に沿うものである。

債権者(代表取締役・史朗)と債務者(代表取締役・史朗)は、平成七年二月、代金の支払方法等について次の契約(以下「平成七年二月契約」という。)を締結した。すなわち、支払制度は毎月一五日締切り当月末日支払、支払方法は支払総額のうち七五パーセントを現金二五パーセントを一括支払方式による、下請代金の額は平成七年二月二一日付け単価表による、実施期間は平成七年三月一日から一年間とする。

債権者は、本件一括支払方式の契約及び平成七年二月契約に基づき、大阪銀行梅田支店に対し、「譲渡代金債権明細書兼承諾書」を差し入れ、支払期日に関連四社の預金口座に振込むことを依頼しているが、これによれば、平成七年五月一五日締切分(債務者四〇九七万四四八八円)については、支払期日が平成七年九月一〇日であるが、同年五月三一日から、同年六月一五日締切分(債務者五四四七万〇六〇三円)については、支払期日が同年一〇月一〇日であるが、同年六月三〇日から、同年七月一五日締切分(債務者五五一〇万七七一一円)については、支払期日が同年一一月一〇日であるが、同年七月三一日から、いずれも関連四社において大阪銀行から当座貸越借入れが可能である。

ただ、従来、慣行として、一括支払方式分について、納品後毎月一五日締切当月末日起算一〇〇日後現金払いが行われており、関連四社が大阪銀行の当座貸越借入れを利用することはなかった。

イ 右アに認定の事実によれば、平成七年八月二三日の時点において、債権者が債務者に対して負担していた代金の内、平成七年五月一五日締切分四〇九七万四四八八円、平成七年六月一五日締切分五四四七万〇六〇三円、平成七年七月一五日締切分五五一〇万七七一一円(合計一億五〇五五万二八〇二円)については、本件一括支払方式の契約及び平成七年二月契約により、いずれも債務者が当座貸越借入れにより締切月の末日から代金相当額を受領することができる状態になっていたものである。

したがって、債権者が代金債務の履行遅滞に陥っていたとはいえない。なお、従来、債務者が大阪銀行から当座貸越借入れを受けなかったことは右判断を左右しない(疎甲二四の2参照)。

5  疎乙二二、審尋の全趣旨によれば、本件一括支払方式の契約及び平成七年二月契約を締結するに当たり、債務者の取締役会の承認がないことが一応認められるところ、債務者は、本件一括支払方式の契約は、商法二六五条にいう利益相反取引に該当し、無効であるから、債権者に代金債務の不履行(履行遅滞)がある旨主張するので、検討する。

債務者は、本件一括支払方式の契約が商法二六五条所定の取引に当たる理由として、下請代金は製品と引換えに支払うのが原則である旨主張するが、下請法上そのような規定は存しないし、銀行に対する金利負担の不利益を主張するが、前記3イのとおり、手形割引の場合と同様であるから、一括支払方式をとる場合の不利益とはいえない。金融機関の選択の幅が狭くなる点については、債務者の取引銀行も大阪銀行である(疎乙二)から、不利益とはいえず、そもそも金融機関の選択の幅が狭くなるとしても、その不利益はそれほど大きなものではないし、回し手形が使えなくなる点については、前記4アのとおり、支払方法の変更を希望すれば、手形による支払を受けることができるので、この不利益もそれほど大きなものではないし、金融機関から借入金と相殺されるおそれがある点については、前記4アのとおり、債務者が当座貸越借入れを利用できないときは、債権者が下請法に定める基準によって支払を行うこととされていて、不利益は解消されており、その他の不利益については、前記4アのとおり、債務者に脱退の自由があるなどに鑑みれば、債務者には、債権者から手形によって支払を受ける場合と比較して実質的な不利益はないといってよいものである。

以上の諸点と一括決済方式は、手形に代る支払手段として考案され、実質的に手形による支払と同様の機能を果すものであること、親事業者、下請事業者及び金融機関間の三者契約は、定型化され、内容的にも下請事業者が手形による支払を受ける場合と比較して実質的な不利益を受けないように配慮されていることとに照らすと、本件一括支払方式の契約は、商法二六五条所定の取引にあたらないと解するのが相当であるから、債務者の前記主張は理由がない。

6  よって、本件解除の意思表示は無効であり、債権者と債務者間の継続的供給契約は解除により終了した旨の債務者の主張は理由がない。

四  争点4(同時履行の抗弁権)について

債務者の同時履行の抗弁権の主張は、債権者に代金債務の履行遅滞があることを前提とするところ、これが認められないことは前記三4、5のとおりであるから、理由がない。

五  争点8(予告期間を設けた継続的供給契約の解約は有効か)について

1  期間の定めのない継続的供給契約においては、相当な予告期間を設けて解約の申入れをした場合は、予告期間が経過した時、又は、これを設けずに解約の申入れをした場合には、解約申入れから相当の期間が経過した時に、解約により右契約が終了するものと解すべきである。

2  本件解約の申入れがあったことは前記争いのない事実欄5のとおりであるが、債務者は、平成七年五月、債権者に対し、「いつまで製品を供給すればよいか。」との質問をしたが、右質問は予告の性質を有するところ、その日から九月末日までに四か月余の期間があり、その期間中に、債権者は、自社生産体制の確立及び他社からの調達で、必要な製品を確保できるから、右期間は合理的な予告期間である旨主張するので、検討する。

史朗が、平成七年五月一四日死亡し、茂樹が、同月一七日関連四社の代表取締役に就任するとともに、同月二二日債権者の常務取締役を辞任し、同月二六日債権者の代表取締役に大松が選任されたことは前記争いのない事実欄3のとおりであるところ、疎甲三、一三、一五、乙一及び審尋の全趣旨によれば、茂樹は、同日、大松に対し、「今後、関連四社から、債権者に対する製品供給を止めて、直接販売する。五月二九日に会うときは、いつから中止するかを通告する。」旨述べたこと、しかし、茂樹は、同年五月二九日、大松に対し、供給期限を通告しないで、「いつまで供給したらよいか。」と質問し、大松は、急には答えられない旨回答したこと、その後も、基本的には、債権者は供給の継続を求め、関連四社は供給を停止し直接販売する意向であったものの、債権者と関連四社は、顧客ないし市場を分ち合う案、共同出資して新会社を設立する案等を出し合って交渉したが、同年七月下旬、合意に達しないことが明らかとなったこと、そのため、債務者は、債権者に対し、平成七年八月一日ころ到達した内容証明郵便で、一部の製品は九月末日で供給を停止し、残部の製品は追って連絡の上供給を停止する旨通告した上、本件解約の申入れをしたことが一応認められる。

右認定の事実によれば、債務者の右質問は、解約することを確定した上でしたものとは認め難いので、解約の予告とはいえないから、右質問の日である平成七年五月二九日をもって予告期間の始期とすることはできず、債務者から債権者に対し継続的供給契約の解約の申入れがなされた日は、平成七年八月二二日であると認めるのが相当である。

3  何が相当な(予告)期間であるかは、継続的供給契約においては、相互の信頼関係とともに契約関係の安定化・固定化が求められることを考慮し、契約締結の経緯、契約の内容・特質、契約締結後の状況、契約終了によって受ける当事者の利害・得失などに応じて決められるべきである。

そして、前記二2の事実、後記六1の事実等に照らすと、ある程度長期の期間が必要であり、平成七年八月二二日から一月余に過ぎない平成七年九月末日は相当な期間とは到底いえないから、同日をもって解約の効力が生じたとは認められない。

よって、債権者と債務者間の継続的供給契約は予告期間を設けた解約により終了した旨の債務者の主張は理由がない(なお、右事実関係のもとにおいては、現在でも継続的供給契約が存続しているものと認めるのが相当である。)。

六  争点9(保全の必要性)について

1  前記二1ウの事案、疎甲三、四、一七、二〇(枝番があるものは枝番を含む。)、審尋の全趣旨によれば、次の事実を一応認めることができる。

ア 本件製品については、債権者からこれを購入する百数十社の取引先(ディーラー)があり、その先には、これらディーラーから購入する最終需要家がいる。本件製品は、もともと最終需要家の規格や仕様に合せて作る注文生産的なものが多く、しかも、多種少量の生産であるから、従来のメーカーからの供給が停止されたとき、直ちに他のメーカーに作らせて間に合わせることは困難であるし、また、同じ規格や仕様の製品を作っている小数の同業者にその生産を依頼することも困難である。

債権者の売上高の約八割五分を供給している関連四社が一斉に供給を停止すれば、債権者の営業は殆ど停止し、長年にわたり開拓した顧客の大部分を失って、債権者の経営は重大深刻な打撃を受けるものである。

イ 関連四社からの供給が停止された場合、債権者の失う売上総利益は、別紙「損害額」のとおり、年間、関連四社の関係で約四六億円(債務者の関係だけでも約一一億円)に達する。このように、供給が停止された場合、債権者は甚大な損害を被むるものである。

ウ 関連四社から債権者に対する平成七年二月期(平成六年三月から平成七年二月まで)の製品供給高を製品別に重量で表示すると、別紙「供給目録」のとおりである。ところで、関連四社からの供給を受けられないとすれば、債権者は、取引先との関係等から他社より製品を調達することは困難であるため、既存工場の生産規模を拡大したり、新工場を建設して、自社の生産体制を調えるしかないが、本件製品の各品種を生産する生産ラインについて、本件仮処分申立事件の審理終結時において、関連四社は、四〇種類一八六ラインを有しているのに対し、債権者は、一二種類二五ラインを有しているに過ぎないから、合計二〇〇ライン以上という従来の規模の生産体制を確立するには本件仮処分決定の日から少なくとも一年の期間を要する。

2  債務者は、本件仮処分決定後、債権者は、新工場を建設し、それが稼働しているので、債務者から本件製品の供給を受ける必要は乏しいから、保全の必要性がない旨主張する。

これに対し、債権者は、仮処分決定後に生じた事情は保全異議の審理において主張することができない旨主張するが、債務者は、異議事件の終結に至るまでに生じたすべての事由を防御方法として主張できると解するのが相当であり、債権者の右主張は理由がない。

そして、疎乙二四、二五、二七によれば、債権者が、平成七年一〇月から新設の泉南工場の製造要員の募集を開始し、平成八年五月、顧客に対し、既存の高槻工場と静岡工場の設備の増強と泉南工場の新設により、要望に答えられる生産休制を調えることができたとして、製品供給体制の現状と今後の展望についての報告会を開催する旨の案内を出したことが一応認められるが、疎甲三、五ないし七、一二、一四の1、2、二九、三二及び審尋の全趣旨によれば、関連四社は、債権者の取引先・業界関係者・マスコミに対し、供給停止を表明したり、債権者の取引先に対し直接購入を働きかけたため、債権者の信用が低下し営業に支障が生じてきており、本件仮処分決定時において、そのまま放置すれば、債権者は顧客を失うおそれがあるところ、一旦離れた顧客を取り戻すことは困難であること、債権者は、既存の二工場の設備を増強し工場を新設して、次第に生産体制を調えてきたが、平成七年九月四日の供給停止以前(債権者の自社工場と関連四社の工場がフル稼働していた時点)に比すれば、生産量においても生産ライン数においても、なおかなりの差があり、右時点と同程度の需要があれば、容易に供給を全うしえない状況であり、債務者から継続的供給を受ける必要性は依然として存在すること、本件仮処分決定後、債権者が、顧客からの注文に基づき債務者に発注したところ、債務者は、その顧客に直接納入して代金債権を取得した(これをもって債権者の注文に応じたものであると主張した)り、前年度実績の範囲内で二か月分の仮需による注文(在庫のための注文)をしても、債権者に対し注文の大部分を供給しなかったため、債権者は、間接強制の申立てをし、債権者発注に係る製品の供給及び供給するまで強制金の支払を命じる旨の決定を得たところ、債務者は供給するようになったが、執行抗告に伴う執行停止決定があると、また右間接強制の決定以前と同様な状態になったものであり、債権者としては本件仮処分決定の効力を存続させる必要があることが一応認められる。

3  右1、2の事実によれば、本件仮処分決定時は勿論、現在においても、債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためには本件仮処分の必要があるというべきである。

ところで、疎甲一四の1、二九、三二、三三、乙二六によれば、債権者は、平成八年二月一三日ころ、注文の一部を取り消したが、本件製品は、いわゆる最終製品ではなく、生産材もしくは中間製品であるため、納品が遅れると、取引先への販売が困難になるので、納期に大幅に遅延し不要となった製品の注文を取り消したものであることが一応認められるから、右注文の取消しの事実は保全の必要性があるとの右判断を左右するものではない。

次に、債務者は、本件仮処分は、債権者にのみ有利であり、債務者にとっては危機を招くものであり、債務者に与える打撃が極めて大きいから、発令は相当でない旨主張する。そこで、検討するに、前記二2の事実、疎甲一二、一六、二〇、乙一及び審尋の全趣旨によれば、関連四社は、債権者との間に期間の定めのない継続的供給契約が存在するにもかかわらず、自己の経営上の必要から、それを解消しようとしていること、一年間供給を継続した後、債権者の自社生産体制が確立した暁には、関連四社は債権者により取引を打ち切られることが考えられること、債権者は、取引の継続を求めていたが、関連四社が継続的供給契約を解消しようとする以上、工場を新設するなどして自社生産体制を確立せざるを得ず、そうするとコスト増という不利益が生ずることが一応認められる。右事実及び前記1の事実によれば、本件仮処分の申立てが認容されることにより債務者が被る損害がそれが却下されることにより債権者の被る損害より大きいとはいえない上、債務者の被る損害は自ら選択した結果であるから、保全の必要性がないとはいえず、債務者の右主張は理由がない。

また、申立ての趣旨一項(地位保全の仮処分)について、債務者は、任意に履行する意思がないから、保全の必要性を欠く旨主張するが、前記2の事実に照らすと、地位保全の仮処分は、債権者の信用を維持し、営業上の支障を避けるために、必要であり、これに製品の供給を求める仮処分は一年間だけであることを合わせ考慮すると、特に必要であるから、債務者の右主張は理由がない。

更に、債務者は、申立ての趣旨一、二項は、仮需による注文を容認しているが、これは債権者と債務者間の従来の取引関係と乖離した取引を強制するものであって、保全の必要性を欠く旨主張するが、債権者と債務者間の前記継続的供給契約がそれを否定するものとは解し難い上、債務者が供給を停止した以上円滑な納品が見込めず、別紙「九四年度発注伝票枚数及び発注件数」のとおり、一か月の伝票枚数が二万枚以上、件数が四万件以上に達するという状況のもとで、債権者が顧客から注文があれば従来通り速やかに納品するには、仮需による注文をせざるを得ないことが一応認められる(前記争いのない事実欄5の事実、前記二1エの事実、疎甲二〇、二九、三二、審尋の全趣旨)から、債務者の右主張は理由がない。

七  以上によれば、本件仮処分の申立てには、被保全権利及び保全の必要性が存するから、これを認容した本件仮処分決定は正当である。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官山口博)

別紙〈省略〉

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